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件の文学部である。
第一回の録音の中で「予定調和」という言葉が度々出てきた。

「ロマンスは予定調和」。「永遠のゼロも予定調和」。こうくるだろうな、と思った(期待した)通りの展開や結末のことだろう。ハードロックの世界に例えれば「様式美」 にあたる言葉だと思う。

読書の習慣がない私が3冊の短編集を買った。文学部、あるいは来年の短編文学賞の勉強のためでもある。そのうちの一冊が浅田次郎の「鉄道員(ぽっぽや)」を含む短編集。大ヒット映画の原作が短編だったことを初めて知った。

「なるほど、予定調和っていうのはこういうことなのだな」 と実感すると同時に、大ヒット作には(特に映画やドラマにおいては)予定調和のストーリーが多いことにも気づいた。わかりやすさが読者や観客の感情移入を呼び込み、感動を生むのだろう。

文学部で追究していくものは予定調和とは反対のベクトルになるのだろう。だが予定調和の何たるかを実感しなければ、反対方向にも斜め方向にも進めない。成人してからの読書量が極めて少ない私であるが、これからは少しずつ、短編を中心に読み進めていこうと思っている。
 

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小説を書こう。ということで十年来の友人が主宰する「文学部」に入部した。

ライター業をしていても、文学や小説といった類のものには縁が薄い。文章力や創造力を磨くならこの世界に足を踏み入れてもいいだろうと、思い始めた矢先に耳にした文学部創設。なんというタイミングだろうか。一年前なら入部しなかっただろう。

これには一つの出来事が関係している。この文学部が目標にしている中国短編文学賞に、私は今年初めて挑戦した。早くから締め切りを聞いてはいたものの、なかなかテーマが決められず、残り一週間を切ってから書き始めた。しかしこの時点でも結末は用意できておらず、成り行きで書き綴るしかなかった。

出来栄えというか、自己評価はご想像の通りだ。褒めるとしたら「25枚書き切った」ということだけ。手応えも達成感もなかった。
悔しかった。

そんな私にリベンジの機会となるのか。とにかくこの文学部が始まった。残念ながら第一回は出席できず、いただいた録音データを繰り返し聴いている。聴くほどに「行けたらよかったのに」と思ってしまう。2回目からの参加だが、最後まで頑張れば今回よりはいいものが書けそうな気がする。

このブログも、面白く書けますように。

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友人が誘ってくれたので

東広島PRサポーター研修会  に参加してみました



実はワタクシ…



去年から東広島PRサポーター なる組織の会員であったのですが(汗)




見事な幽霊会員でして(・∀・)










誘ってくれた友人はワシを置き去りにして隣のグループに!


見知らぬ人だらけの完全アウェイ ('д` ;)



えーえー、あなたはそういう人ですよw










で、まあ私はそういう状況に慣れてますのでいっこうに構わないわけで




ツルッと自己紹介でウケをとった後(ウケたのだろうか…ドン引きされてたかも)





お題の「東広島をPRするCM」とやらに入るわけですが…









私は半ばそっちの仕事の関係者なので、あまり発言しちゃまずいだろうと自粛しておりましたところ




講師と思しき大学の先生がテーマを切り出して(いきなり講師がアイデア出すとか…参加者は否定できんじゃろ)、それに同調した市の担当者が延々しゃべり続け、たまに参加者が同意を求められるという事態に…




ん?…これっておかしくない?(--;)





PRサポーター発案のCM作るとか言ってなかったっけ?(--;)








 参加者置き去りじゃねーかwww




で、なんかCM内容が決まったらしいですが




当然ですけどいかにもお役所的な切り口に(--;)








参加した人は不満じゃないのかな…




ワシはもう行かんからええけどwww








参加者から意見がなかなか出ないとき、発言のきっかけを作ってあげる(背中を押してあげる)のがコーディネーターの仕事だと思います。

仮にアイデアを投げ込んだとしても、それを押し通すのではなく、会議の中から派生する参加者の案をくみ取るのが目的のはず。

この研修会では完全にディスカッションをを取り仕切って、落としどころを決めていたように感じました。

参加者の意見を吸収しようという姿勢は皆無でしたね~(≡ω≡.)





市民発案の大義名分で行政側のやりたいことを捩じ込んでる???


と感じましたわ。




ちなみに…

隣のグループは行政発案とは思えない内容だったので、私の入ったグループが悪かったんでしょうね。






 

今日もぶどう池

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二日続けて外出しました


昨日のリベンジ!



と意気込んで出かけたのですが・・・



一脚忘れとる(--;)



メモリーカード入っとらん(--;)



仕切りなおして、10時半に入山(山じゃないです--;)



メジロちゃんスポット目指すも・・・



草刈り機がブンブン!!!




というわけで、場所を変えて



逆光でわからん。どなた?(--;)
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えーと・・・ヒヨドリさん?
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ムクドリさんかしら?
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えーと・・・メジロちゃんぽい?(--;)
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でも目の周りが・・・見えん(--;)




ピント合わせるのも難しい(T_T)
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ちょっと休憩。気を取りなおして


いきなりキジバト
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後姿しか撮れず・・・





これはまずまずのヒヨドリ
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この後、目の前をバンバン飛んでくれたのですが・・・




カメラに収まったのはこのハシボソガラスさんだけ(しかもブレとる)
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また出直します!



自然の中は気持ち良かったので満足ですよ(^^)







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ブログネタ
「ら抜き言葉」って、そんなにいけないことですか? に参加中!

「言葉は変わっていくものですから…」
某紙の 社説で「誤用ではないか」と思う文言が使われていたので、問い合わせたときの新聞社の返答がこれ。

まあ確かに言葉は使い方も意味も時代とともに変わりますよね。
古代や中世とは明らかに違うだろうし、明治~昭和初期の使い方と違うところも多いでしょう。

「ら抜き言葉」は会話の中では一般化していると思います。
実際に私も使っているでしょう。自覚はないですけど。
話し言葉としては悪くないと思います。

面接官が「ら抜き言葉」を気に入らなかったのは、お気の毒様としか言いようがないですが
「受け身か尊敬か可能かわからない」
っていう理屈は残念ですね。主語述語や前後の文脈で理解できますから。
日本語は、文脈で言葉の意味を理解するのが当たり前ですよね。

話し言葉と違って「書く言葉」は「ら」が必要だと思います。
理由は「残るもの」だからです。
「見れる」が一般化しても正式には「見られる」ですよね。
文書や記事などで文言が残る場合の誤用は恥ずかしいです。

面接のように話す内容にある程度の予想がつく場合は、自分の考えをまとめて文章に落とし込んでみれば「ら抜き言葉」のリスクも減るかもしれませんよ。





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